○○ロスを乗り越える(2)

昨日の記事の続きです。
書き足りないことがあるので、続けて書きますね。

死別から立ち直ることは容易ではないけど・・・

誰もが乗り越えなくてはいけないことです。
「悲しい」という感情は、確かに良いものではありません。
しかし、喜怒哀楽という人の感情は大事なことです。
出来れば、ポジティブな方がいいのは事実だし、前向きな気持ちは大事。
だけど、そればかりでは疲れてしまいますよね。

相手を思いやる、考えないといけないけど・・・

乗り越えなくてはいけない、前を向かなくてはいけない。
それは、当事者が一番理解しているはずなのですが
たまにいらっしゃるんですよ・・・困ったことに、悲しんでる人に対して
キツイ一言を投げかける人が。
「誰もがそうだよ、あんただけじゃない!」などなど。

訃報があってから、一日二日で簡単に立ち直れる人は居ませんよね。
愚痴を言う相手は選んだ方がいいですね。
間違った相手に話をすると「メソメソするな!」とか
かえって、叱られることも少なくないです。

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世の中そんなに甘くないので・・・

こういう愚痴など、こぼせないのは事実ですね。
仕事に支障が出ないように、自分で何とかしないと迷惑がかかるし。
特に、組織の中で働くと人との調和が大事なので
自分のことよりも、人のことを優先しなくてはいけません。

大人になるって、本当に大変なことですよ。
子供の頃のように、素直にその場で感情を出すなんて許されない
事の方が多いしね。人間関係を円滑にするためにも、表と裏の顔を
持って当然になってくるし。

でないと、グリーフワークなんて言葉すら生まれません。
そういう感情のプロセスを踏んでいくことは、今後の
自分の生活にかかってきますので、やはり大事ですね。
このグリーフワーク云々のことは、興味があるので
今後勉強をしたいと思ってます。

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大いに泣いて、大いに偲びましょう。

その故人のことも周りの人のことも考えて、思いやる気持ちも大事。
しかし、それをする前に自分のことも大事にしないと
色々支障が出ますからね。

あちこちの関連サイトを、読ませていただいてます。
悲しみから立ち直る期間は、人それぞれで決まっている
わけじゃないようです。

誰かが亡くなると、人生って何かを考えさせられます。

残された私たちも、いつかは命が尽きてしまいます。
私自身は、父もだけど私が生まれる前に兄も亡くしました。
生きていたら50代。いじめられた時は、私じゃなくて兄が
生きていたら良かったのにって何度も思ったな。

年々、この人じゃなくて自分が代わってあげたいって思ったりもしますね。
多くの人に愛される人だと余計にもね。

悲しむ人は少ない方がいいからって思うんです。
もう、誰かのファンはいいかな(笑)こんなにキツイとは思わなかったし。

○○ロスを乗り越える。

この最近になって、私はロスに陥ってしまったようです。
「○○(ここは、貴方の好きな物を当てはめてください)ロス」という
言葉は、この最近になって浸透してきてますね。

この「○○ロス」もグリーフワークが必要。

最近になって、私は「グリーフワーク」という言葉を知りました。
大切な人が亡くなられた際に、残された人の悲嘆のプロセスを
踏む段階のことを指すのですが、時に「○○ロス」・・・ペットなども
該当すると思います。
ペットも、家族の一員ですよね。生き物なのでいつかは
亡くなってしまいます。

ロスはロスでも、これらも人によっては悲しい事実ですが・・・

まだ、憧れの有名人が結婚したとか好んで見ていたテレビ番組が
放送終了するなど、確かにそれらも悲しいことではありますね。
また、好きなグループが解散なども悲しいことではあります。
これらも、「○○ロス」と呼ぶようです。

悲しいことではありますが、今回は人やペットが亡くなる「ロス」
お話をいたしますね。

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段階はざっと、こんな感じですかね。

大切な人が亡くなりました。

  1. ショックを受けて、頭が真っ白になる。または、変に冷静になって
    普通に仕事をテキパキこなしたりする。この段階で泣けない人もいらっしゃいます。
  2. お葬式を済ませて、バタバタしたあの時から一段落して故人が居ないということを受け入れだす。この段階で涙を流す。
    「何であの時、早く救急車を呼ばなかったのだろう」など、後悔などを
    する。不甲斐ないと、自分を責めることもある。
  3. 全て感情をぶちまけてしまった反動で、鬱状態になる。
  4. 回復して、故人のことを笑って話せるようになったり
    乗り越えていく。

こんな感じかな?人によっては、反応は様々だと思うのでこれに限りません。
あちこちのサイトで見た限り、こういう感じなのかな。
私自身は、4年前に父を亡くしました。その時も、このグリーフワークが
今思えばありました。
そして、散々このブログでも言ってますがL⇔Rの黒沢健一さんの大ファン
で、去年12月に亡くなられて半端ないショックを受けました。

今、ロス真っ只中なのですよ・・・。
遺族でもないのに、このグリーフワークが、当てはまったわけです。

気が付いたら涙が止まらない。

長くファンをやるのも、何ですね(苦笑)変に思い入れが強いと、そういう
ロスになった時が辛いです。程々が、幸せだったのかも。
自分でもびっくりです。ここまで好きだったのかー!って。

1の段階で、全く涙が出なかったんですよ。普通に、彼の曲を聴いてました。
同じファンの方と話してました。ブログに、L⇔Rの話など自分が判る範囲内で、追憶をたどりつつも更新してました。
ショックというものを超えて「心の整理」という言葉すら
出てきませんでした。

2の段階で、人によっては故人に関するものを持ち歩いたりして
肌身離さずって感じになるか、逆に遠ざけてしまうかという
心境になるようですが、私は現在遠ざけてしまう方ですかね。
彼の曲が聴けません。

常に、重くならないようにはしてきたけど・・・

「依存しちゃいけない」って、思ってしまうのもあるのですが
写真などを見るだけでも、辛くなって泣いてしまうからです。
先月の献花の会に行った後から、じわじわと居ない現実を
受け入れだしたわけですね。

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たかが有名人のことでと思われるでしょうが・・・

家族ではないので、他の人には言いにくい事実ではあります。
下手したら批判される可能性があるし、軽蔑されるかドン引きするかもと
思われるので、リアルでは誰一人言えません。
だけど、そういう感情が湧いてくるのですよ。

こういう感情は、故人が好きでないと湧いてきませんよね。
言えないので、表立っては普通に仕事したりしてますが
本当の感情を奥に仕舞っている感じです。

あまり悲しんでると、○○が悲しむよ?

こう言われました。それは分かっているんです。こういうシチュエーションで
良く言われる言葉ではありますし、同意ではあります。
頭では理解できてはいるんですが、それはちゃんと感情を出し切った段階を
踏み切ったら出来ると思うのです。

しかし、私の場合はその段階をまだ踏み切れてません。
上手く感情が出にくくて、最近になってやっと感情をこっそり
出せるようになったわけです。

周囲の人は、どうして欲しいのかを本人に尋ねた方がいいです。

きちんと段階踏まないと、心が病む恐れがあるそうなので
周囲の人は対応に困ると思います。変に慰めるのも傷つく恐れがあるし
あまり構って欲しくないのか、側に居て欲しいのか・・・。
人によって、どうして欲しいのかを聞くのが一番無難かも。

人の悲しみ方はそれぞれ。問題は、そこからどうするかです。

大好きな家族や有名人など、大切な人を失った。
その他の理由で、悲しいことがあった。
多分、これを読まれている人はそういう理由でここに来られたと思います。

私も、この前悲しいことがありました。悲しみは再びです。

現実を突きつけられて、涙が全く出なかった。

私の場合は、先日L⇔Rの黒沢健一さんの献花の会に参列してきました。
そこで、数々の彼の遺品や写真など多数展示がしてあったのですが
彼のライブでの衣装や愛用のギターを見てて、彼が実際に動いたり使ったと
思われる傷やしわなどを見てて、改めて彼は居ないんだっていう現実を
目の当たりにしたわけです。

他のファンの方は、ちらほら泣いている方もいらっしゃるわけです。
私は、あまりの現実にどういう顔していいのかどう言葉にしたらいいのか
戸惑いました。普段、感情を表に出さない私なので自分の感情が分からなかった。
涙が全く出なかったのです。

以前、本当に悲しいと涙が出ないこと云々を書きました。

多分、それなのかなって思いました。どう受け止めたらいいのか分からないのです。
ショック、悲しい・・・それを超えたものがあったのです。
何故、泣けなかったかです。考えられるのが・・・場所にもよりますが
職場とか、人が沢山居るところだと・・・

  • 大人だから泣くなんてみっともない。
  • 人が居る場所で泣くと「泣けばいいと思って」「メソメソするな!」と、
    怒られるのが嫌。
  • やはり、故人が有名人なので「家族なら解るけど、何で有名人でそこまで?」って
    理解できない人も居るから、泣くと「バカじゃないの?」と、揶揄されかねない。

会場だと、人が多く居て他にも待っている人がいらっしゃるわけです。真冬で寒いし。
時間が限られていたってのもあったわけで、そんな悲しみに暮れる余裕が
無かったのもありますね。

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悲しい感情も、時には大事。

「泣くこと=みっともない」と、思われるのが嫌だからってのが一番大きいですね。
やはり、仕事とかしてるとそっちを優先にしないといけないし
場の空気ってものがありますからね。

悲しいという感情があってもいいと思うのです。
確かに「悲しい」という感情は、あまりいいものではありません。
だけど、そういう感情も時には大事。人間、前向きばかりではなく
時に疲れることもあるわけです。そういう感情を出して、吐き出すことも
時には大事なこと。それで前進できるならね。

悲しんでいるのは、故人との思い出が詰まっているから。

何故悲しいのか・・・それは、その故人との思い出が沢山あって
やはり、その相手が好きでないとそういう感情は生まれませんよね。

その相手が生きていた、存在していた証拠。
その相手が居ないっていうことほど、辛いものはありません。
私はそれを改めて知りました。父が亡くなった時もそうでした。


人間なので、その相手との幸せを感じる時間は長くは続かないんだなって
実感した瞬間でもありました。

泣けるポイントがどこにあるのかも、人それぞれ。

これまでも、散々書いておりますが私はイジメに遭ってきました。
本気で命を絶とうとも思いました。心無い人は、どこにでも居るようで
そういう人が多すぎた。正直、生きるのが嫌すぎて生きにくい。

「自分なんか生まれてこなければ良かった」って、何度思ったか分かりません。
そんな自分が何の役に立つのかなって。生まれ変わって、またこの世に
戻りたくもないや・・・なんて思ったりもしました。

だけど、自分の本当に好きな人に出会うと、この人に出会うためなら
また生まれ変わってもいいなって。そういう気持ちに変わっていくものです。

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 私が泣けたのは、彼への感謝の涙でした。

私の場合は、健一さんが居ないのが悲しい・・・それだけではありませんでした。
私がいじめられて早々とこの世に居なかったら、彼の音楽を聴いたりライブに行ったりファン同士で交流したり、という楽しみが味わえなかったと思います。

要するに、感謝の涙です。嬉しかったんです。
これを書いてて、私は途中で号泣してしまいました。
彼が一生懸命音楽で色んな思いを伝えてくれて
それに共感できる部分が多くて、そういう色んな思いが入り混じった涙なのかなって。

一番大事なのは、残された人が道を踏み外さないこと。

これが一番大事ですが、道を踏み外さないように、これからは頑張るしかないですね。
悲しむ時は、思いっきり悲しみましょう。引きずらないように、がっつり悲しめる
場所を確保して、時間を作って。気が済むまで、泣く。
これって、本当にスッキリします。✨悲しさのあまりに、道を踏み外したり
鬱病で、引きこもったりなんてことがないように。涙はストレス解消になるって
本当だということを感じました。

本当の悲しみを知った時、人はどう変わるのか?

ずっと、こんな話で申し訳ない・・・
私の現在の心境がそういう感じで、これを公表していいのか
戸惑いは隠せません。

 

後付けで、分かったこと。

ここんとこ、ずっとL⇔Rの黒沢健一さんのお話をここでもしちゃってますが
父と同じ状況で、泣きたい気持ちでいっぱいなんだけど泣けなくて
苦しい気持ちであると。

父が亡くなった当時も、臨終の時に声で「うわーん!」って泣いたつもりだったけど
「あれ?涙があんまり出てない」ってことに気づいたのです。
これって??と、当時は「悲しいと涙が出る」ものだと思っていました。

しかし、涙が思ったほど出ません。通夜や告別式でも、そんなに出ない。
弔問客を出迎えなくてはいけないし、色々サービスをして
御持て成しをしないといけない。泣いている暇はありませんでした。

その当時は告別式も終わってから、自宅に戻ってようやく泣けました。

だけど、告別式の時に姉と喧嘩をしてしまい、泣いて謝った時は
すんなりと出ましたけどね(笑)
告別式が終わって、お骨を実家に置き終って自宅に帰る車の中で
号泣しました。

で、今回の黒沢健一さんの訃報で涙が未だにあまり出ない。
色々調べたら、そういうことがあるんだってことを知って
ああ、父が亡くなったあの時はあまりにもショックが大きすぎて
そうなったのかなと、気づいたわけです。

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ここ何週間かで、悲しみと苦しみを初めて知る。

泣きたい気持ちなのに、泣けない。ずっと、悲しい気持ちを心の中にしまって
ひたすら、今は仕事に打ち込んでます。
時々ポンと、健一さんの音楽だったり在りし日の彼の言葉だったりを
思い出しては、苦しい気持ちを1人が抱え込んでしまい
周りの状況に気づかないといったことになってしまいました。

私もいい大人なので、「ここで泣いたら迷惑だろうなぁ💦」とか思うと
大いに泣くことはできません。
一人になったとしても、涙スイッチがどこで入るかも理解できてなく
泣くタイミングも逃してしまいがちです。

一層、号泣出来たら本当に楽になるんですけどね・・・。
どこに、そんなスイッチがあるのか・・・私は忘れてしまったようです。

SMAPのベスト盤が発売されたニュースを読んで。

昨日、yahoo!ニュースで見ました。ウチの母が、SMAPのファンなので
SMAP関連のニュースはよく目を通します。
今年いっぱいで、SMAPが解散しますがメンバーの衣装が
東京のレコード店に展示してあるのを見てファンの方が号泣されたというのを
見ました。自分が長年応援したグループが無くなって、心にぽっかりと
穴が開くという気持ちもあるのか、その本人たちの気持ちがどうなのかは
知りませんが、色々思い出が蘇ったのでしょう。

大きな支えが無くなる・・・ということなのでしょうね。
ウチの母は、半ばあきらめ入っているのかFNS歌謡祭があっても
「SMAPが出ないんじゃ、見る気が起きない」と、テレビを良く見るのに
見なくなりました。

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人の捉え方にもよりますが・・・

この度のことで、本当の悲しみや苦しみを知ってしまったので
一層、人としての成長が試される時なのかも知れませんね。

仕事に行くのですら、精神的にしんどいわけです。
いつもよりも、長く感じてそこから離れたい・・・
この苦しい気持ちをどうにかしたい。

乗り越えていきたいですね・・・というか、正月休みに入ったら

涙活(るいかつ)するかな。(汗)