一人のススメ。(2)人に興味がない?

元々、人の悪口を言うのが嫌いな私。
何故なら、それらは言った者に返ってくるから。
その場に居ない人の悪口言う暇があるなら、自分のやるべきことに
集中した方が、楽しいっていうのもあります。

人のことは、ある程度必要だけど面倒である。

大人になるにつれて、一々人の粗とかそういう細かいことを
言ったりするのも面倒くさいんですよ。
更年期になってから、職場で余計にも「そんなことばっかり考えてて
この人ら、よく身も心も疲れないなぁ。」って思って見てます(笑)

それが生きがいって言われればそれまでです。
人それぞれなので、否定する気はありません。

私が友達が出来にくい理由は、今までのブログ記事をまとめますと…

・キャパが狭い。
・バイタイリティーがない。
・深入りしない。
・連絡とか会ったりするのが面倒。
・そもそも失言が多いので、口数が少ない。

これらが理由だと思います。だから、あちこちのグループに入っても
すぐにハブられるのは、そういうことなのです。
相手からしたら、私は「つまらない人」に映るわけです。

あっちはあっちで、話をしないし笑わないから
つまらない人と思われてるけど
こっちはこっちで、興味をそそる話ではない・・・つまり
気が合わないなって思って、抜けてしまうのですよ。
「つまらない人」上等です。その枠に「詰まらない人」ってことで。

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全く人に興味がないわけではないんです。

一言で言えば、何だろ・・・極端?
興味がない人と、興味がある人の態度があからさまな感じです。
一応も何も大人なので、はっきり「あんたが嫌い」なんて言いませんが
口数が明らかに減りますね。そりゃ、嫌われますわな(苦笑)

だけど、本当は楽しくないのに楽しいと思いたいという風に
大人の表面上の付き合いが出来ない。

あまりにも、ハブられすぎて友達を作るのは諦めました。
私に内緒で、他の人何人かでどっかで楽しんだとか
重要な知らせを聞かされてないとか…
そういうことをされたこともあったけど、無理にそんな人らと
仲良くなっても、メリットはありません。

やはり私の性格は、問題あり過ぎではあります。

人が離れたのは、そういう私の性格に大きな欠陥があるのが
一番の原因です。しかし、一人の方が心から楽しめることが
多いというのが判ったので、問題はないですね。

人に興味とかではなくて、何に興味がないかって言ったら
悪口や陰口、うわさ話に興味がないんです。

だから、職場ではしゃべらないからつまらない人だと
思われても、最近では嫌われてもいいと思って
割り切ってやってますが、「嫌われてもいい」って思ってると
楽になりましたね。

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その群れ(グループ)に居るのは何のため?

日本は村社会といって、閉鎖的なグループでの行動を重要視しています。
生きていくためには、必要不可欠ではあります。
しかし、これに疲れて悩む人は多いし
グループ行動って、実に曲者ではありますよね。

その場に居ない人の悪口や、陰口を言うってことは
その言ってる人は、その相手に関心がある証拠なのです。
本当に嫌なら、相手の悪口やそもそもその人の話すら出ません。

「無理に群れるのを辞めたらもっと充実する」っていう記事を
このブログの一番最初の記事として書きましたが
楽しんで群れるならまだしも、楽しめない群れの中に居るのは
オススメできません。会社の組織だと、そうはいかないので
表面上だけでも、合わせて同調するなりしないといけませんけどね。

「だったら、私が(俺が)出てってやるよ。あばよ!!(←柳沢慎吾風に
読んでください)」と、その場をワイルドに離れてやりましょう。
その群れは群れで、腹の探り合いなど色々あるかも知れませんからね。

「一人のススメ」は、そういうこと。

それを一々考えると時間が勿体ないし、疲れます。
時間の使い方、どこを重視するかは人それぞれです。
そして、一人を楽しみましょう。
それでこそ、「一人のススメ」なのです。

世知辛い世の中ですが、助け合いは必要なのです。いじめで唯一救われた体験談。

 

いきなりですが、連載シリーズ「一人のススメ」は
一旦休みます(早っ!)

私はいじめられたというのは、このブログをご覧の方なら
ご存じだと思います。
私は幼稚園の頃からいじめられました。でも、幼稚園の頃は
先生に好かれていたのが救いだったのか、いじめられても
すぐに立ち直れた。

支えになってくれた大人は居ました。

その先生はお若い方だったのですが、本当に良くしてもらいました。
「頑張り屋のUraraちゃん」と、誕生日カードにメッセージをもらいました(笑)
イジメに関する問題は、周りの大人がちゃんとサポートしてくれると
いじめられてる子は立ち直れたりするし、人間関係を立て直すことも
出来るんだと思うのです。

小学1年生の頃の担任の先生にも、好かれてました。
娘みたいに可愛がられました。イジメが酷かった小学6年生の頃に
心から心配してくださったのが、この先生。

親ですら、あまり心配されないのに…

この先生は、いつも私を名前で呼んでくださいました。
本当に有難かったです。

しかし、私の方が気兼ねしちゃったのか先生に相談できませんでした。
先生でも、色んな先生がいらっしゃいますね。
こういう優しい先生だと、本当に有難いんだけど
今の学校事情は分かりませんが、優しい先生っていらっしゃるのかな?

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いじめの自殺を防げるのは、心を支えてくれる存在。

みんな寄ってたかっていじめられて・・・こういう毎日を過ごして
いたら、誰もが精神的に追い詰められてしまうのです。
恐怖感や、追いつめられている状況は冷静な判断力を失います。

人間、一人では生きてはいけません。「一人のススメ(1)ぼっちになって気づいたこと」にも、そう書きました。

誰かが心の支えになる必要があるのです。

しかし、世の中世知辛いもので人を助ける余裕がないのか
見て見ぬふりだったり、無視したりなど
冷たい態度を取る人が殆どです。

何回も言いますが、
いざとなると学校は助けてくれません。

誰か一人でも、手を差し伸べて助けるまでは行かなくとも
いじめられてる子の愚痴を聞いてあげるとか、支えてくれる人が
いるなら、頑張れると思うのですが
現実は厳しいもので、いじめられっ子は一人で日々戦って
自分で逃げるなり、対処するしかないわけです。

やはり現実は厳しいものですね・・・

そういう厳しい現実を小学生から見てきたので、自立心が早かったのかも
知れませんね。甘えるのが苦手ってのも何度も言いました。
いざとなると、助けを求めても突き放されるから。

でも、そういう支えてくれる存在が居るだけで
人って頑張れるものですよね。

誰にでも味方は必要。一人で頑張らないといけないこともありますが
心の支えになってくれる存在は、何かトラブルがあっても
乗り越えていけるわけです。

私が何とか頑張れたのは、友達の存在や優しい先生など
そういう存在があったからです。
生きにくい世の中で、中々人が信じられないけど
当時の先生には、本当に感謝してます。

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いじめられた強み。

いじめ後遺症の体験談を書きましたが、乗り越えるには
大変だというのも言いました。しかし、それを逆手に取って
強みに変えることもできます。

私があまりにもいじめられ過ぎて、こうやって体験談をブログにして
皆さんにお伝えすることができたことです(笑)

いじめをする人は、自分の弱さを認められない可哀想な存在なのです。
だから、強く見せようとする。弱い犬ほど、よく吠えると言うでしょ?

本当に強い人は、威嚇しなくてもそういう弱さを認めて
笑いに変えたりして、トラブルを乗り越えられるような人です。
このブログが、いじめられた人の心の支えになれるのかは
微妙ですが(苦笑)

 

ももクロの曲ですが、いじめられっ子に贈りたい。
作詞作曲は、中島みゆきさん。
以前も言ったけど、泣くって結構スッキリしますよ✨

一人のススメ。(1)ぼっちになって気づいたこと。

このブログは、いじめのことを中心に人間関係のことを
取り上げてます。
いじめのことって、書いてると気分が重くなるんですよ(苦笑)
ここで、前向きなことを書きます。

以前、私は嫌われてもいいっていうことを書きました。
ネガティブな考えでなく、「誰かに嫌われるのは当たり前と
思っている感じ」と思っていただいて結構です。
一人ぼっちであることが多い私。一人のメリット、デメリットもあります。
そこで、私視点で宜しければ「一人のススメ」連載シリーズを
書こうと思った訳です。

色んな人に支えられていること。

一人とは言っても、人間は一人で生きることは出来ません。
色々生活するにあたって、人の支え無くして生きられないのは
お分かりと思います。誰もが家族があって、人から生まれて
人に色々教えてもらったり、人が作ったものを使って生活してきてます。

イジメられた時は、人そのものが嫌すぎて自分も嫌だったしで
支えるどころか、奪われるなど悪いところしか見てなくて
人の嫌な面だけを見て、この世に生きたくないなんて思ったことも
何度もありました。

実際、人ってそういう醜悪で残酷な一面は誰にでもあり
人と関わるのが嫌になることも何度もありますよね。

だけども、生活が出来るのはそういう物を作る人が居て
色んな仕事をしている人が居て、間接的ではあるけど
そういう人が居るからだということですよね。

特に日本は災害が多い国なので、大きな震災などが起きた時に
そう感じる人もいらっしゃると思います。
助け合う人々も居れば、火事場泥棒をする輩も居る。
だから、一人で行動できるのも色んな人から知識を教わったりしたから
出来ることもあるわけで。

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一人だから、感謝してない・・・それは違います。

一人ぼっちだからこそ、支えてくれてる人たちに感謝しないと
いけないわけです。一人ぼっちだから、人をぞんざいにしてると
思われがちだけど、逆に一人ぼっちだからこそ、一人になった時に
誰のお蔭で、そこまで生きられたのか?ということを
考えて、その人たちに敬意を払うべきだと思います。

勿論、私はこの先未来も全くの一人でいいなんて思ってません。
死ぬのは一人だけどね。

一人ぼっちではあるけど、いざという時の支えに自分もなっていて
自分も色んな人から支えてもらっている。それを常に忘れては
いけないと思ってます。

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誰かとつるむことは悪いわけじゃないけど・・・

これも、何度もこのブログで言ってますね。一人で行動するのが
かっこ悪い、誰かに愚痴を聞いてほしいと思うのは悪いことでは
ありませんし、それは人それぞれ自由なのです。

しかし、一人ぼっちをバカにする傾向が若い時はありがちで
そういう人をいじめて発散する輩が居るのは、嘆かわしいなと。
つるむのも悪くないけど、一人になって判ることもある。

蛭子能収さんのこの著書を私は持ってますが、この人の言うこと
9割がた同意してしまいました。
非常に分かりやすい口調で語られているので、オススメです。

確かに、人って誰かとつるむと横柄になったりしますもの。
醜い一面が出ちゃうんですよね…
誰かと一緒だと、確かに勇気が出るので自分でも大きくなった気がする。
勇気がないから、誰かと一緒にって人は考えてしまう。
適度に人に合わせるくらいが丁度いい。そう思いました。

一口ちょうだいとクチャラー、あなたならどうしますか?

以前、私はクレクレの断り方を考えるというものを
記事としてUPいたしました。

これも、結局クレクレになるのでしょう。
嫌われる食事のマナーは、色々ございます。
女性に多いと言われますが、男性でもたまにいらっしゃいますね。
「一口ちょうだい!」上のイラストのように、和気藹々なら
いいんですけどね。

それとクレクレとは違いますが、クチャクチャ音を立てて食べる人の
ことを、最近ではクチャラーと言いますね。
お読みになられているあなたが、そうなのかも知れませんし
周りにいらっしゃってて、悩まれているあなたもどう対応すればいいのか
考えてみましょう。

実際、私の周りに居ます。

一口ちょうだいって言われる人の心理が申し訳ないのですが
私は理解できないのです。身内ならOKだけど、それ以外はダメって
人もいらっしゃいますね。私は身内でもダメですね。
身内に居るからなぁ・・・(泣)

飽きっぽいからなのでしょうか?だから、他の人のものを
少しずつ味わってみたいってことなのでしょうか?
こういう「クレクレ」の人は、はっきり言えば図々しい。

シェア目的ならいいけど、個人の物まで欲しがるなら要注意。

食べ物をシェア目的で大皿で注文なら、まだ分かるのですが
シェア目的でもないのに、欲しがる人もいらっしゃいます。
お互い理解の元ならいいんですが、毎回それをされて
困っている人もいらっしゃるのでは?

それが、飲み物とかとにかく人の物なら何でも欲しがる人だと
要注意ですね。流石に飲み物はね・・・人が飲んでるペットボトルとか。
これは、分けられませんもの。

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断わられて「ケチ」という人がケチなんです。

これらを断ると「何で?いいじゃん!ケチ!!」って言われたとします。
そうやって言う方がケチと思いませんか?
自分でその物を調達せずに、人を頼ってばかりで
その相手にお礼など、何も返すこともしないわけだし。

クレクレで、思い出しました。
小学生の頃ですが、人の物を「貸して!」とか「ちょうだい!」とか
クレクレの同級生が居たんですよ。
人の物は私の物みたいに、私の物に手をつけようとしたヤツが。

私に付きまとってきましたね。相手は、私を友達だと思ったようで
「待ち合わせしない?」って、誘ってきましたが
私はまた利用されるのかな…って、嫌で嫌で仕方なかったんです。

勿論ですが断って、待ち合わせの場所ですら行きませんでした。
で、その子は当然怒ります。当たり前だっての…。
嫌がってるのが分からずに、やはりクレクレを繰り返すその子。

高校生の頃でも、居ましたね。クラスに一人は絶対居ますね(泣)
しかも、一口がデカ過ぎだっつーの!こっちのが無くなるし。

クレクレは、自覚しないと一生治らないと思います。

その本人じゃないので、私は気持ちは分かりませんが
ずっと、何かに飢えてるって感じもするんですよ。

人に頼るのは、決して悪いことではないのです。
本当に困った時に、人に助けてもらう。支えてもらうことは大事。

しかし、人なのでやはり限度がそれぞれあると思います。
頼るだけじゃなくて、助けてくれた相手には
感謝の気持ちを忘れないでいたいものです。

嫌なら嫌だと、はっきり断りましょう。

だけど、食べ物をちょうだいはね・・・嫌なら嫌でやはり
「お行儀悪いから」とか、そういう一言を言って断りましょう。
それか、飲食店で食べる場合はその人と同じものをオーダーする。
それでもごねるなら、その人との縁を切れるなら切った方がいいかも。

はっきり言えないと、「この人なら食べ物くれるから」って
思われても仕方がないですよ。お互いが理解してるならいいけど
その辺は、「親しき仲でも礼儀あり」できちんと線を引かないといけません。

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「クチャラー」これも色々事情があるとは思いますが・・・

色々事情があるとは思いますが、外国でも中国とか韓国の人たちが
逆にクチャクチャ音を立てて食べる習慣がありますね。
職場に居ますので、これ本当です。
民族性の事情というものがあるので、指摘するわけにもいきません。

私は、あのクチャ音がどうしても受け付けないので
誰かと何かを食べる時は、かなり気を付けてます。

鼻が悪いとか、そういう事情もあったりしますが
単に、躾けられてないという場合もありますね。

家族がクチャラーで、躾けられてない場合だと動画を撮って
本人に見せるなどをした方がいいかも。
クチャ音が気にならないなら、何も言わなくていいと
思うけど、どうしても嫌なら指摘するか食事を別にするかですね。