人の悲しみ方はそれぞれ。問題は、そこからどうするかです。

大好きな家族や有名人など、大切な人を失った。
その他の理由で、悲しいことがあった。
多分、これを読まれている人はそういう理由でここに来られたと思います。

私も、この前悲しいことがありました。悲しみは再びです。

現実を突きつけられて、涙が全く出なかった。

私の場合は、先日L⇔Rの黒沢健一さんの献花の会に参列してきました。
そこで、数々の彼の遺品や写真など多数展示がしてあったのですが
彼のライブでの衣装や愛用のギターを見てて、彼が実際に動いたり使ったと
思われる傷やしわなどを見てて、改めて彼は居ないんだっていう現実を
目の当たりにしたわけです。

他のファンの方は、ちらほら泣いている方もいらっしゃるわけです。
私は、あまりの現実にどういう顔していいのかどう言葉にしたらいいのか
戸惑いました。普段、感情を表に出さない私なので自分の感情が分からなかった。
涙が全く出なかったのです。

以前、本当に悲しいと涙が出ないこと云々を書きました。

多分、それなのかなって思いました。どう受け止めたらいいのか分からないのです。
ショック、悲しい・・・それを超えたものがあったのです。
何故、泣けなかったかです。考えられるのが・・・場所にもよりますが
職場とか、人が沢山居るところだと・・・

  • 大人だから泣くなんてみっともない。
  • 人が居る場所で泣くと「泣けばいいと思って」「メソメソするな!」と、
    怒られるのが嫌。
  • やはり、故人が有名人なので「家族なら解るけど、何で有名人でそこまで?」って
    理解できない人も居るから、泣くと「バカじゃないの?」と、揶揄されかねない。

会場だと、人が多く居て他にも待っている人がいらっしゃるわけです。真冬で寒いし。
時間が限られていたってのもあったわけで、そんな悲しみに暮れる余裕が
無かったのもありますね。

スポンサーリンク

悲しい感情も、時には大事。

「泣くこと=みっともない」と、思われるのが嫌だからってのが一番大きいですね。
やはり、仕事とかしてるとそっちを優先にしないといけないし
場の空気ってものがありますからね。

悲しいという感情があってもいいと思うのです。
確かに「悲しい」という感情は、あまりいいものではありません。
だけど、そういう感情も時には大事。人間、前向きばかりではなく
時に疲れることもあるわけです。そういう感情を出して、吐き出すことも
時には大事なこと。それで前進できるならね。

悲しんでいるのは、故人との思い出が詰まっているから。

何故悲しいのか・・・それは、その故人との思い出が沢山あって
やはり、その相手が好きでないとそういう感情は生まれませんよね。

その相手が生きていた、存在していた証拠。
その相手が居ないっていうことほど、辛いものはありません。
私はそれを改めて知りました。父が亡くなった時もそうでした。


人間なので、その相手との幸せを感じる時間は長くは続かないんだなって
実感した瞬間でもありました。

泣けるポイントがどこにあるのかも、人それぞれ。

これまでも、散々書いておりますが私はイジメに遭ってきました。
本気で命を絶とうとも思いました。心無い人は、どこにでも居るようで
そういう人が多すぎた。正直、生きるのが嫌すぎて生きにくい。

「自分なんか生まれてこなければ良かった」って、何度思ったか分かりません。
そんな自分が何の役に立つのかなって。生まれ変わって、またこの世に
戻りたくもないや・・・なんて思ったりもしました。

だけど、自分の本当に好きな人に出会うと、この人に出会うためなら
また生まれ変わってもいいなって。そういう気持ちに変わっていくものです。

スポンサーリンク

 私が泣けたのは、彼への感謝の涙でした。

私の場合は、健一さんが居ないのが悲しい・・・それだけではありませんでした。
私がいじめられて早々とこの世に居なかったら、彼の音楽を聴いたりライブに行ったりファン同士で交流したり、という楽しみが味わえなかったと思います。

要するに、感謝の涙です。嬉しかったんです。
これを書いてて、私は途中で号泣してしまいました。
彼が一生懸命音楽で色んな思いを伝えてくれて
それに共感できる部分が多くて、そういう色んな思いが入り混じった涙なのかなって。

一番大事なのは、残された人が道を踏み外さないこと。

これが一番大事ですが、道を踏み外さないように、これからは頑張るしかないですね。
悲しむ時は、思いっきり悲しみましょう。引きずらないように、がっつり悲しめる
場所を確保して、時間を作って。気が済むまで、泣く。
これって、本当にスッキリします。✨悲しさのあまりに、道を踏み外したり
鬱病で、引きこもったりなんてことがないように。涙はストレス解消になるって
本当だということを感じました。

普段と違う私って・・・それってPMSかも。

ここんとこ、空気が読めないったら大変お恥ずかしいものを
見せて申し訳ない。
空気を読むのが下手で、私自身性格に問題があっていじめられたのは本当です。
私はたまにブログでも、細心の注意を払って更新してても
迷言、珍言が出てくる時があるのですが、決まって共通する時があるのです。

長年、PMS(月経前緊張症候群)に悩まされてきました。

女性には月経というものがあるのですが、その10日くらい前になると
いつもと違う行動や、食べ物を食べたりなど人によっても様々です。
私は、この期間になると軽い鬱状態になったり目眩を起こしたりします。
人によっては、イライラしたりしますね。

過去の嫌なことを思い出しては、周りにとんでもないことを言ったり
泣いたり、自分を責めたりするのです。
自分でも訳が分かりません。これに振り回されてきて、SNSなどでも
親しくしてくださった方々や、会社でも随分迷惑をかけてきました。
で、月経後になるといつもの自分に戻るのですが
正気に返った時、本当に申し訳なくていつも謝っていました。

スポンサーリンク

やはり、ストレスが原因なのかな?

そう思ったのです。でも、ストレスに男女関係ないし誰にだってあるしで
誰もが、ストレスと上手くつきあっているはずなのです。

でも、そのストレスの現れ方は人それぞれだと思うし
この症状に随分悩まされて、実際婦人科を何回も受診したこともありました。
色々試しました。
だけど、やはり効果を感じられず食べ物に気を付けても
その時期は私は食欲が増してくるので、普段あまり食べない量を
食べてしまったりしますね。

月ごとに、炭水化物が欲しくなったり肉料理が欲しくなったりします。
明らかに、栄養不足なんだと思います。

だからといって、それに甘んじてはいけない。

PMSだからといって、横柄に振る舞ったりなどはしてはいけないと思うし
増してや、人々に心の余裕がないこの世の中です。
自分のことは自分で何とかしないといけないわけです。

そういう時は、ブログ更新を自粛するとか考えて
栄養面を考えたり、お風呂に入ってリラックスするなどある程度
自分で気分転換を図ってはおります。

でも、時々愚痴が出たりしますね。

仕方ないと割り切るしかないけど、周りは迷惑。

「生まれてから、一切迷惑をかけない生き方をしてます。」って人は居ません。
どこかしら、誰もが誰かのお世話になりながら教わりながら、助け合いながら
生きてきてますよね。

ただ、毎月なのでこれが続くと流石に周りが迷惑します。
付き合いきれないって、見放される恐れがあるわけです。
それに怯えてばかりもねぇ・・・余計にストレスの元にもなります。

人前で、そういうところは見せないようにしないといけませんね。
PMSになりやすい性格というのもあるようです。
ずばり、私のような性格の人は本当に酷くなりやすいです。

  • 内向的
  • 空気を読むのが下手
  • 感情を表に出さない
  • 自分にシビア

スポンサーリンク

この最近、大分PMSのことを認知されるようにはなったけど・・・

私がこの症状に悩まされていた当初は、中々理解してくれる人が
居ませんでした。かなり迷惑そうにされて、嫌われてしまった原因に
これもあったわけです。コントロールが利かずに、正気に戻った時になっても
時すでに遅しということも多かったですね。

中には、頭の回転が早い人に分かってもらえたこともありましたが
男性やそういう症状が軽い女性には理解してもらえず、苦労したこともあります。

現在では、専用の治療薬なども発売されたりサプリメントもあったりします。
ただ、あまりにも気になる場合は婦人科に相談した方がいいかも知れません。

 

ここんとこついてないので、陽口を言ってみる。

ご存じでしょうか?陰口(かげぐち)はよく聞きますが
その反対語で、陽口(ひなたぐち)というものがあるのを。
陰口はひそひそと、当事者の目の前でなくて
陰でこっそりと悪口の場合が多いと思いますが、言いますよね。
陽口というのは調べたんですが、辞書にこの言葉は載ってないそうです。

陽口を検索すると、広めようということで多くのブロガーの方が
これを取り上げているようですね。

造語だそうです。

その当事者の素晴らしさや褒める時に使う言葉だそうです。
勿論、その当事者が居るところで言うんだそうですよ。

https://togetter.com/li/1042134

この言葉は、気に入りました。陰口って言うと、響きが良くない上に
今のこの心の余裕が感じられない社会では、陰口や批判といった
悪いことばかりを口に出すことが多いと感じるのです。
正直、いい気持ちはしませんよね。

スポンサーリンク

相手を褒める行為は、結果自分にもいいことが起きる。

だからこそ、どんどん言いたいと思いますが・・・
心に余裕がないと、陽口なんて言えませんよね。

今年に入ってから、私は何故かついてないことが多いのです。
なので、自分の陽口をここに書いておこうかと思っているのです。
この歳になると、誰も言ってくれないので(笑)

やはり、悪口も陽口も言った分だけ自分に返ってきますからね。
今年は、「とにかく、人を褒める。」ということにしよう。

これまで暗い内容が多いこのブログなので、たまには明るい内容を書きます。

去年の12月から・・・今日まで。

去年は、大好きなL⇔Rの黒沢健一さんが亡くなり悲しみにくれていました。
そして、その悲しい中なのに休み明けには愚痴を一つも零さずに
仕事や家事を頑張って乗り越えようとしている。
よく頑張っているな、私。えらいぞ~!

そして、昨日仕事中に物につまづいてしまい、膝と左肩を激しくぶつけてしまい
怪我をした。かなり痛いのに、よくぞ残業までこなしたと思ってる。

・・・と、まぁこんな感じでいいのかな?
ついてないこと・・・新年早々、目覚まし時計を買ったら不良品に当たったり
某サイトにて、キツイことを言われてしまって凹んでしまった。

とはいえ、よくぞ無事にここまで過ごせたなと思っている(笑)

スポンサーリンク

やっぱり、前向きなことってネタが・・・

尽きてしまったではないか(笑)みんな生まれて、ここまで生きてきただけでも
凄いことなんです。生きにくい世の中を、なんだかんだと愚痴りつつも
必死になって、日々をこなすって当たり前のことで、もっとこうでないと
いけないって、人は欲とか改善を求めがちです。


周りの人の目を気にしないといけないことも多い。だけど、その大変な
日常を365日過ごしているだけでも、私たちって凄いと思いません?
日々進歩を遂げていくことも大事だけど、当たり前のことを過ごすことって
一番大事で凄いことなのですよ。

命あれば、お金を生み出すことも出来る。

これ、何かの本で読んだ記憶がありました。
だってね・・・病気とかでその日常を過ごせない時だってあるわけじゃないですか。
その時に、気づくんですよね。健康で、あちこち動けるって有難いなって。
いくらお金が有り余っても、結局死んでしまったら幸せも何もあったもんじゃない。

お金も大事だけど、やはり命って一番大事です。
寿命は人それぞれなので、仕方ないっちゃぁ仕方ないですね。
自分のことが嫌いで、生まれた意味が解らない私ですが
命を授かり、こうやって生きているだけでありがたく思わないとダメですね。

女性の30代は厄年だらけ。人によるけど、侮れません。

特に女性の30代は、厄年だらけなのです・・・。
私は、厄年と聞いて「悪いことが起きる歳」って思っていました。
人によっては何も無くて、お祓いに行かなかったという強運の方も
いらっしゃるとは思いますが、女性の30代や男性の42歳辺りは
体に相当ガタがくる歳でもあるわけです。

私の場合を挙げてみますね。

私の場合は、前厄(数え年で32歳の頃です)で卵巣嚢腫に罹って入院しました。
右の卵巣が、ひょうたんの如く腫れていたのを
PMS(月経前緊張症候群)の相談に行こうと、訪れた婦人科にて
エコーで子宮と卵巣を念のために診ましょうということで、診てもらったら
腫瘍を発見したということです。更に詳しく診てもらったら、間違いなく入院。

入院は摘出手術のためです。摘出しないといけないレベルだったのです。
人生初の入院でした。

手術は、そんなに時間がかからなかったそうで腫瘍も良性で済みました。
離婚したのが、後厄の年齢でした。

スポンサーリンク

女の36歳年女は厄年。

この年女の時は、丁度仕事が定まらなかった時で精神的に病んでいた頃でした。
車の単独事故を起こしたのも、確かこの辺りの年齢。
この辺りの年齢の私は、本当に身も心も病んでいた時で一番酷かったかも。
借金は作ってしまうし、当時付き合った彼氏も居たけど
やはりその酷い時に付き合ったので、碌な縁を寄せ付けないんですよね。


ここでも「自分を大事にする」ってことは、本当に重要なことで
それが出来なかったのです。部屋も汚部屋でした。

相当、自暴自棄状態だったと思います。
やはり、恋愛において一番大事なのは最近になって判ってきたけど
自分を大事にして、自分を磨いて、自分が素敵な人にならないと
それ相応の人を寄せ付けてしまうってことです。

相手になんだかんだと求めてしまう前に、自分を省みるということを
常に忘れてはいけないわけです。
だから、一昨年になって掃除をし始めたわけですよ。
早く気づけよって、自分にツッコミ入れました(笑)

厄年こそ、自分を省みるのに絶好のタイミング。

そうだということに気づきました。今度は60歳か・・・
その時まで、私が生きてるかどうかは分かりません。

19歳の頃は、ブラック企業に入社した時だったかな・・・
で、父の胃がんが発覚して手術したのもこの年齢の時でした。
当時は今のように、本人にはっきりと病名を告げて余命宣告してなんてことではなく
父には胃潰瘍ですとウソの病名を告げたのだそうです。
かなり低い生存率だったようですが
奇跡的に助かり、私たち一家はほっと安堵の表情を浮かべました。

この時、明らかにこれまでと生活は変わってしまったんだなって
いう実感はありました。

スポンサーリンク

意外と侮れないこの厄年。

何もないのが一番いいのです。お祓いに行かなくて済むわけで。
その厄年に何もなくても、厄年以外に何もないとも限りません。
やはり、人によって良い時と悪い時は違うと思います。
良い時も続かないけど、悪い時も続かない。

人生って、だから面白いのかな・・・(笑)